大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(行)6号 判決

原告 東洋郵船株式会社

被告 東京国税局長

主文

被告が昭和三五年一〇月一九日付で原告の昭和三三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人所得税についてした審査決定のうち所得金額七八万六、三〇〇円を超える部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て。

(原告)

主文同旨

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因ならびに被告の主張に対する反論

一  原告は、海運業を営むものであるが、昭和三四年七月一日麹町税務署長に対し、原告の昭和三三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税につき、欠損金五四万七、四〇〇円と確定申告をし、さらに、同年八月一二日欠損金一七万一、九〇〇円と修正申告をしたところ、同税務署長は、昭和三五年三月一日原告の所得額を六〇〇万四、二〇〇円と更正した。原告は、右更正処分を不服として、同年三月三〇日被告に対し審査請求をしたところ、被告は、同年一〇月一九日付で右更正処分のうち所得金額を五七四万五、〇〇〇円を超える部分を取り消す旨の審査決定をした。

二  右審査決定によれば、被告は、原告が損金に計上した別紙記載のレセプシヨン関係費合計四九五万八、七二八円を交際費と認定し、交際費の損金算入限度額を超過するものとして損金算入を否認している。しかしながら、右レセプシヨン関係費は、引揚船から遊覧船に模様替えした興安丸を晴海岸壁にけい船し、その船体および船内を一般の観覧に供することによつて遊覧船として宣伝する目的で支出されたものである。すなわち、興安丸は引揚船として有名であつたため、遊覧船に改造したといつても、粗末な設備調度の船という一般の印象が強いので、かかる印象を払拭して豪華な遊覧船であると宣伝するためにレセプシヨンを開催したのであり、それに招待した人達は、興安丸が主として団体客を顧客とするものであるところから、日本職員録、官庁職員録、会社職員録、銀行職員録、農業協同組合職員録、学校案内、文芸年鑑、町会長名簿等より、将来主として団体客を吸引できそうな点に主眼をおき、地域的には東京都およびその近郊居住のもので、階層的には課長以上の地位にある者を任意抽出して選定し(このような方法による招待客の選択は、いわゆる宛名広告の一態様であつて、一般の広告と少しも異らない)、その人数も約五万人にのぼつた。右本件レセプシヨン関係費は、右のとおり、主として宣伝的効果を意図し、不特定多数の者を対象としたものであるから、広告宣伝費に当たることは、明らかであり、現に、昭和二九年五月一九日国税庁長官通達(昭和二九年直法一―八五)も、交際費と広告宣伝費との区別は、主としてどちらの性質を有するかによつて決定すべきものであり(第一九項)、主として「不特定多数の者に対する宣伝的効果を意図するもの」を広告宣伝費とし(第二二項)、その例として、得意先等に対する見本品、試用品の供与を挙げている。仮に本件レセプシヨン関係費が特定の者を対象としたものであるとしても、それが広告宣伝費であることに変りはない。国税庁長官通達においても、得意先等に対する見本品、試用品の供与(前記通達第二二項参照)あるいは職業球団に対する親会社の支出金銭(昭和二九年直法一―一四七参照)のごとく相手方の特定している支出が広告宣伝費として取り扱われていることからみて明らかなように、広告宣伝は、通常不特定多数人を対象とするが、不特定であることは本質的な要件ではなく、主として宣伝的効果を意図してなされるものであれば、特定人を対象とする場合であつても差し支えないと解すべきところ、本件レセプシヨン関係費は、前叙のごとく主として宣伝的効果を意図して支出されたものであるから、広告宣伝費というべきである。したがつて、本件レセプシヨン関係費を交際費と認定し、その損金算入を否認した被告の審査決定は、この限度において違法であり、原告は、申立て記載どおりの判決を求める。

三  仮に、以上の主張が理由ないとしても、本件レセプシヨン関係費のうち、少なくとも、別表4ヘルプボーイ式場手伝代二万四、〇〇〇円、同6宴席設置代三〇万〇、〇〇〇円、同15オデン仕入代一三七万六、四六八円を除いたその余の合計三二五万八、二六〇円は、招待客のきよう応、飲食等に供したものではないから、これらを交際費と認定し、損金算入を否認したのは、違法であることをまぬがれない。

第三被告の答弁ならびに主張

(答弁)

原告主張の請求原因事実のうち、興安丸の参観のために集まつた人数および本件レセプシヨン関係費が各費目記載どおりに使用された点は不知、その余の主張事実は認める。本件レセプシヨン関係費が広告宣伝費である旨の原告の主張は争う。

(被告の主張)

一  交際費等の課税の特例を定めた租税特別措置法(昭和三四年法律第七七号による改正前のもの。以下同じ。)六三条二項にいう「得意先、仕入先その他事業に関係ある者」とは、現に事業に関係のある者だけではなく、将来事業に関係のあるべき者をも包含するものと解するのが相当であり、原告がレセプシヨンに招待した人達が将来原告の事業に関係のあるべき者に該当することはいうまでもない。また、同法施行令三九条(昭和三四年政令八四号による改正前のもの。以下同じ。)が法六三条二項の「交際費」から除外される費用として規定したもののなかにも、本件レセプシヨン関係費のごとき費用が含まれておらず、むしろ、本件レセプシヨン関係費は、昭和二九年五月一九日付国税庁長官通達第二五項が交際費として例示している新造船の進水式、新築家屋等の起工式や落成式等に朝野の名士その他事業関係者を招待する費用に該当するものというべきである。

原告は、前記国税庁長官通達第二二項を引用して、本件レセプシヨン関係費に係る招待客は、任意抽出によつて選定したものであるから、原告の事業に関係があり又はあるべき者に該当しないと主張するが、そもそも、前記通達二二項にいう「不特定多数の者」とは、抽せんにあたつて全品をもらつたり旅行、観劇等に招待される者を指すのであつて、本件レセプシヨン関係費に係る招待客のごときはこれに含まれない趣旨である。

二  なお、原告は、本件レセプシヨン関係費のうち、少くとも、ヘルプボーイ式場手伝代、宴席設置代、オデン仕入代を除いたその余の合計三二五万八、二六〇円は、来客のきよう応、飲食等に供したものでないから、交際費として損金算入を否認するのは失当であると主張する。しかし、法六三条二項にいう「交際費」とは直接の支出費であると間接の支出費であるとを問わないところ(前記昭和二九年通達第二八項参照)、原告主張の右各費用は、いずれも、レセプシヨンを行うために必要な費用で、得意先等を接待するために間接に支出したものであるから、交際費であるというべきである。それ故原告の右主張も、理由がない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

原告が昭和三三事業年度においてその主張のごとき趣旨・目的で、主張のごとき人々を招待して合計四九五万八、七二八円にのぼるレセプシヨン関係費を支出したことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件レセプシヨン関係費が租税特別措置法六三条二項にいう「交際費等」に該当するかどうかについて判断する。

おもうに、交際費であれ、広告宣伝費であれ、元来企業会計上事業経費に属すべきものは、税法上損金として取り扱われるべきである。ところが、租税特別措置法は、「交際費等」につき、法人税収入の増加をはかり、あわせて、その浪費を抑制し、資本の蓄積を期するために、所得の計算上、一定の限度を画し、その限度を超える部分を損金に算入しないこととしている(六二条一項参照)。そして、租税特別措置法が一定の限度を設けた「交際費等」とは、同法六三条二項によれば、「交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、きよう応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するもの(もつぱら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用その他政令で定める費用を除く。)をいう。」と定められており、同法施行令三九条は、交際費等から除かれる費用としては、「カレンダー、手帳、扇子、うちわ、手ぬぐい、その他これらに類する物品を贈与するために通常要する費用、会議に関連して、茶菓、弁当その他これらに類する飲食物を供与するために通常要する費用、新聞、雑誌等の出版物を編集するために行われる座談会その他記事の収集のために通常要する費用」を挙げている。

したがつて、法六三条二項所定の「交際費等」というためには、少なくとも、つぎの要件を具備していることを必要とするというべきである。その第一は、法人の当該事業経費が「事業に関係のある者」に対して支出されたものでなければならないということである。もとより、ここにいう「事業に関係のある者」とは、近い将来事業と関係をもつにいたるべき者をも含み、これを除外する合理的理由はないが、だからといつて、不特定多数の者まで含むものでないことは、右の文言からみても、また、前叙のごとき本条の立法趣旨に徴しても明らかである。その第二は、「接待、きよう応、慰安、贈答」等企業活動における交際を目的とするものであつて、商品、製品等の広告宣伝を目的とするものではないということである。もつとも、右の両目的は、相排斥する絶対的なものではなく、究極的にはいずれも企業利益に貢献することは否めないところであるから、現実の支出については、その主たる目的がそのいずれに存するかによつて、当該経費の性質を決定すべきである。また、その第三は、支出金額が比較的高額であるということであり、このことは、法六三条二項および同法施行令三九条が「交際費等」から除外するものとして挙げている費目の性質に徴して明らかである。

いま、本件についてこれをみるのに、本件レセプシヨン関係費は、原告会社が興安丸を遊覧船として使用するに当り、それが永年引揚船に使用されていた関係で、一般には粗末な引揚船の印象が強いところから、かかる印象を払拭し、面目一新した容姿を公衆の観覧に供することによつて顧客を吸収せんとする意図のもとに支出された事業経費であり、招待客の選定に当つては、東京都およびその近県居住の者で、階層的には興安丸を団体利用するにつき各職場において決定権を持つと推定される銀行、会社、官公庁の課長以上の地位にある者を、公刊の各種名簿類から抽出する方法によつて決定したことは、いずれも、当事者間に争いがなく、また、証人福永長四郎、同岸久治郎、同伊藤健三、同田中嘉男の各証言、原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、当日参観のために集まつた者も、招待状を発送した一万五・六、〇〇〇名を遙かに超える約五万名に達し、招待券を持つていない者に対しても、バスの利用、船内の参観、オデン料理等の飲食のきよう応、シヨルダーバツクの贈呈等すべて招待券を持つている者と同様の接待をしたこと、また、本件レセブシヨン関係費のうち、別紙1招待状一〇万七、〇五六円、および2・3切手代七〇四円は招待状の印刷・発送関係費、5棧橋設置費二〇万円および6宴席設置費三〇万円は、棧橋およびテント村等の設置費、3・12電話代各一万八、〇〇〇円は、興安丸けい留中の岸壁電話の費用、13、14送迎バス代合計五万二、五〇〇円は、新橋駅と晴海岸壁間の参観人送迎用バスの費用、9新聞広告雑費四万円は、新聞による披露の広告協力費、4ヘルプボーイ式場手伝い費二万四、〇〇〇円および15オデン仕入代一三七万六、四六八円、当日のオデン料理料の酒食の提供費、7葉書代一五万円は、参観者に配付した興安丸の絵葉書代、10定規胸章六万五、〇〇〇円および11タオル八万七、〇〇〇円は、いずれも当日参観者に配布した興安丸のネーム入りの胸章、タオルの費用、16マーク入シヨルダーバツク代二五二万円は、当日参観者に贈呈したシヨルダーバツク一万二、〇〇〇個分の費用(単価二一〇円)であること、なお、原告会社は、本件レセプシヨン関係費とは別に、昭和三三年四月五日興安丸内の一室において、原告会社と特別な関係のある者を集めて就航記念祝賀パーテイを開き、その費用を交際費に計上していることが認められ、右認定に反する証人岸久治郎、同伊藤健三の各証言部分、原告代表者本人の供述部分は、前掲各証拠に照し採用せず、他に右認定を左右する証拠はない。しかして、叙上のごとく、本件レセプシヨン関係費は、興安丸を遊覧船として就航せしめるに当たり、それを公衆の観覧に供することによつて広い観客層を獲得せんことを目的とし、且つ、その対象者も、事業に関係のある者のみに限定されることなく、一般大衆にも及んだというのであり、しかも、これに要した前記費用も、披露の開催に必要なもの又は広告宣伝を効果的ならしめるもの、ないしは、その単価の点からみて社会通念上参観者に対する儀礼の範囲を出ないきよう応費であるというを妨げないものであるから、本件レセプシヨン関係費は、被告主張のごとく昭和二九年五月一九日付国税庁長官通達にいう進水式の招待費とは趣きを異にし、興安丸の広告宣伝費であつて、法六三条二項にいう「交際費等」には該当しないものと認めるのが相当である。

されば、被告の本件レセプシヨン関係費を交際費であると認めてその損金算入を否認した被告の審査決定は、この限度で違法であり、原告の本件請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 斎藤清実)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例